物をすり抜ける感覚に染められた指が、すり抜ける筈もない本を撫でる。ここは正しい世界だ。動きが緩慢になる。動きがやがて止まる。息をするたびに不気味に蠢く胸が、肉がはち切れんばかりに詰まっていて、只管に重い。肉体という存在の重さに耐えられなくなる。持っていた本が指先をすり抜け落ちていく。動かない肉体の中で、唯一眼球だけが忙しなく動き回る。動きが止まるという事がこんなにも楽だという事を皆知っているのだろうか。

動かない事が余りにも楽過ぎて、このままではずっと動かないままだと、無理矢理指先を動かす。ぎこちなく動く指は、依然として動く事を拒否しようと反発する。それでも動かし、先に動くようになった左手で動こうとしない右手を介護する。右手をひっぱり移動させ、ようやく曲がったままの腕を伸ばした。

空気の塊が喉をふさぐ。息が上手く出来ないのだ。騒ぐ心音が身体を震わせる。思わず喉を触る。指が喉をすり抜けそのまま肉体の内に飲み込まれていきそうで、少し寒気がした。

中心が揺らぐので、全てが揺らぐ。記憶が揺らぐので、ここが揺らぐ。諦めと受容の違いが分からない。どれが受容でどれが諦めなのか。私は諦めたのか、それとも私は受け入れたのか。諦めるべきなのか、受け入れるべきなのか、粘るべきなのか、拒絶するべきなのか、何も分からない。

気分転換をしよう。見てはならない。聴いてはならない。口を塞ぐのだ。急いてその先へと突き抜ける事を決して求めてはならない。

清浄で正常な性状へ。