こんばんは。異様に長いブログです。

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僕には同居人がいる。名前をミリちゃんという。

ミリちゃんの年齢も性別も僕は知らない。そういえば今までそれについて考えた事すらなかった。僕にとってはミリちゃんの年齢も性別もどうでもいい些末な問題だから、そんな事を気にした事がなかったのだ。ミリちゃんは何故か分からないけれど目に付きやすいというか変な意味で目立つというか、比較的覚えられやすい人だと僕は思っている。傷んだ髪をワンレングスにしていて、今はちょっとだけ痩せすぎている。化粧を些か過剰なくらいしっかりとしていて、いつもちょっとだけ二の腕とふくらはぎが太すぎる。体型も顔の作りも特段よいわけではない。化粧を落とすと、途端にぼんやりとした掴みどころのない顔になる。どこにでもいる、というのは実際と照らし合わせた時色々な意味で間違っていると思うけれど、広く言えばそこら辺に普通にいるような見た目の人間だ。そんなミリちゃんは決して笑わない。微笑すらしない。ひょっとしたら僕以外の人間には女神みたいに優雅な笑顔を見せているのかもしれないけれど、少なくとも僕の前では、ミリちゃんはいつも怒りしかない硬い表情をしていて、僕を鮫みたいな目で睨み付ける。そしてミリちゃんは極度の人見知りで神出鬼没だ。ミリちゃんは僕が知り合いの人と一緒にいる時は基本的にいつもどこかに隠れている。ミリちゃんは僕しかいない時だけ足音をガンガン響かせながら突然やって来るのだけれど、いつ僕のところにやって来るか僕には全く分からない。僕が家でぼんやりしている時かもしれないし、喫茶店で勉強している時かもしれないし、布団に入った時かもしれないし、お風呂に入っている時かもしれないし、地下鉄に乗っている時かもしれない。ミリちゃんがいつ訪れるのか、それはきっとミリちゃんしか分からない。ミリちゃんはちょっとだけ自分勝手でちょっとだけ我儘で、そして何よりとてもとても自由だ。

(僕とミリちゃんの事については、フィクションだと思ってくれて全く構わない。僕の作り出した物語だと思ってくれた方がこちらとしても気が楽だ。だからこそちょっぴり小説風に始めたのだ。僕とミリちゃんの事は、畢竟、僕とミリちゃんにしか理解できない。でも、正直に言えば僕はミリちゃんの事を今のところ全然理解できていない。これを読んでくれているあなたの事を僕が完全に理解できないのと多分同じ事だ。)

ミリちゃんによれば、僕とミリちゃんは魂で繋がっているとのだという。僕はそれを聞く度に「魂という表現は何だかスピリチュアルな意味合いを含んでしまう嫌いがあるし、あんまし使いたくないなあ」と思う。けれど、ミリちゃんが言いたい事は分かるし、魂という表現はその言いたい事にぴったりとしている。だから僕も魂という表現をとりあえず採用している。ミリちゃんの言う事はピンとこないけれど、常識的に考えれば正しいのだと思う。実感の伴わない理解なんてミリちゃんは要らないかもしれないけれど、僕も取りあえずは「ミリちゃんと僕とは魂で繋がっているのだ」と理解している。でもそれなのに、僕とミリちゃんはいつも正反対だ。ミリちゃんはいつも激しく怒っていて、絶望している。ミリちゃんの感情はチカチカ光る火花みたいに激しくて、鮮烈だ。ミリちゃんはその有り余る鮮やかさに乗っかって、衝動的に行動しようとする。ミリちゃんは僕を殺したがっている。僕は怒りたくないし、絶望なんてしたくない。僕は自然な寿命が訪うまでなるべく死にたくない。ミリちゃんの怒りと絶望の標的はいつも僕だ。ミリちゃんは僕の事を本当に憎んでいて、僕の所に来た瞬間から僕に怒りをぶつけて衝動的に行動しようと暴れる。僕はその度にミリちゃんを抱きしめて、落ち着いてと繰り返し言いきかせて、ミリちゃんを眠らせようとする。ミリちゃんは素直に眠ってくれる時もあれば、もっともっと激しく怒る事もある。予測の全くつかない、僕の思う通りに全然いってくれない他者性が、ミリちゃんの一番の特徴だ。例え僕とミリちゃんの魂が繋がっていて、根が同一でも、ミリちゃんは僕と違う他者みたいだし、僕にはそうとしか思えないのだ。ミリちゃんの露呈する感情はあくまでもミリちゃんのものであって、僕のものではない。僕はミリちゃんをどうしても上手く理解できないし、そのせいでいつも混乱してしまう。それがミリちゃんの絶望と怒りを加速させているみたいに僕には見える。

ミリちゃんは僕の無理解に怒る。「私達の苦しみも怒りも分からない癖に、全部を私達に押し付けてのうのうと生きている癖に、偉そうにするな」と僕の非当事者性を詰って、僕の首を絞めて殺そうとする。ミリちゃんが怒るのはいつも僕の無理解と混乱についてだ。ミリちゃんは、僕が全部をミリちゃん達に押し付けて生きているのがどうしても赦せないみたいだった。辛い部分をミリちゃん達に押し付けたままで僕が中心になって僕のこの生を動かしているのが、ミリちゃんには我慢ならないようだ。そして多分それは正しくて、事実、僕は嫌な事を全部ミリちゃん達に押し付けて生きてきたし、今もそうやって生きているのだろう。だから僕はミリちゃんに怒鳴られるといつも押し黙る。ごめんね、と言う事は許されない。冷静に考えて僕がいないとミリちゃん達は真っ当に暮らす事すら出来ないからだ。もし僕が考えなしに謝って僕の生を明け渡してしまったら、いったい誰が僕たちの今の生活を保つことが出来るだろう。ミリちゃんに真っ当な生活が出来るとは、僕にはどうしても思えない。もし全部をミリちゃんに任せたら、多分ミリちゃんは一週間もしないうちに酷い事になって死んでしまうと思う。ミリちゃんはこの世界を生き抜くには些か衝動的過ぎる。ミリちゃんを生かすためにも、僕自身が生きるためにも、僕が赦しを乞う事は決して許されない。だから僕は押し黙る。ミリちゃんのためのサンドバックになる。そういう時、僕はいつも緩みそうになるミリちゃんを抱きしめる腕の力だけを保つ事に意識を集中させる。僕は死にたくないから、そしてミリちゃんを死なせたくないから、ミリちゃんの衝動的な行動を抑えないといけないという事だけを考えるようにしている。もしかしたら僕がこうやって黙ってしまう事もミリちゃんにとっては不愉快なのかもしれない。でも、こればっかりはミリちゃん本人に聞かないと分からない。聞いたって絶対答えてくれないと思うけれど。

ミリちゃんは過剰にヒステリックで、激しくて、幼くて、感情的で、理性がなくて、暴力的だ。僕への殺意を直接的に僕に突き付けて、感情的な叫びを僕に叩きつけて、僕を千切れてしまいそうな力で振り回す。ミリちゃんは現れるたびに僕の日常をかき乱し続けるし、僕はそれに戸惑って、困ってしまう。でも、僕はミリちゃんをとてもいい子だと思っている。何故なら、怒り狂うミリちゃんが使う主語はいつだって「私達」だからだ。ミリちゃんは自分のためだけに怒っているわけではなくて、誰かのためにも怒っている。誰かの怒りや悲しみや苦しみの分も背負って僕を詰る。だからミリちゃんはきっと本当は優しい子だ。優しくない子は他人の苦しみや怒りを背負ったりはしない。そんな優しい子をここまで怒らせる僕はよっぽど酷い人間だと思うし、おそらく実際そうなのだろうと思っている。恐らくミリちゃんたちから見れば、僕は共感の外にいる部外者で、それなのに僕たちの生活を冷酷な主体として指導している、まるで外から来た植民地支配者のようだろう。エイリアンのようだ。異邦人だ。自分達に共感をしようとしない人間に支配されているのは、許せないだろう。怒るのは当たり前じゃないかと思う。それにミリちゃんは僕に怒ってくれるだけましなのだ。ミリちゃんは僕が何度押し黙っても、それにめげずに何度でも怒りや衝動をぶつけてくる。ミリちゃんは僕に諦めを決して見せない。ミリちゃんが僕の前に現れたのは今年に入ってからだけれど、ずっと昔から一緒に住んでいる女の子が一人いる。女の子は僕に怒りすらしない。僕は女の子に思い出すのもおぞましい程の酷い事を沢山沢山したのに、女の子は僕なんて存在しないみたいに、自分の感情なんてまるでないみたいに(実際女の子には感情がないように見える)、僕の存在を無視してただじっとしている。そちらの方がよっぽど辛いのだ。ミリちゃんは同居者の代表として女の子の分まで怒ってくれているのではないかとすら思ってしまう。でもこれは希望的観測だ。そもそもミリちゃんと女の子が互いの存在を知っているのかすら僕には分からない。ミリちゃんの言う「私達」が一体だれを指しているのか、女の子とミリちゃんなのか、或いはミリちゃんと他のだれかなのか、そもそも「私達」がいったい何人なのかすら、僕には正確な所が全く分からないのだ。

僕はミリちゃんや女の子を幸せにするために生きていると思っている部分がある。あまりよくないと思うのだけれど、僕には重い責任があるのだ。ただ、たまにちょっとだけ疲れてしまう。僕も感情のある人間なので、他人の感情に振り回されるのは好まない。それが怒りや憎しみだったら尚更だ。唐突に現れて自分が眠りに就くまで僕への罵詈雑言を吐き続け殺意を向けるミリちゃんは、僕をかなり疲弊させて、参らせる。ミリちゃんが来ると、僕は僕の日常的作業を全部ストップさせてしまう事になる。ミリちゃんへの対応で僕の狭いキャパシティはいっぱいいっぱいになる。生きるか死ぬかの問題に関わってくるので仕方ないと思っているけれど、それでもミリちゃんが眠りについた時、僕は濃い疲労と共に思い切り安堵している。ミリちゃんが眠った事に対して、僕は毎回心底喜んでほっとしている。それについての罪悪感は拭えない。ミリちゃんが怒っているのは僕のせいなのに、僕はミリちゃんが眠って口を閉じる度に、これで罵詈雑言を聴かなくて済むし死ぬ心配もしなくてよいのだと安心しているのだ。僕は非常にエゴイスティックな人間だと思う。

ミリちゃんや女の子を幸せにする事を考える時、僕の幸せは後手後手になる。妙な話だと思う。魂が繋がっているならば、ミリちゃんを幸せにする事はすなわち僕を幸せにする事である筈なのに、全くそう感じないのだ。ただ、僕は酷い事をしてしまった他者達への贖罪としてそれを遂行しようとしているに過ぎない。それが僕自身を幸せにする事だという認識は欠如している。そうならば、僕はミリちゃんや女の子を幸せにして、それから僕自身を幸せにしないといけないのだろうか。それっていつになるのだろう、と考えると、少しだけ絶望してしまう。それでもミリちゃんがいなくなってしまえばいいのにと決して思わないのは、ミリちゃんと僕が魂で繋がっているからだろうし、なにより感情だけで動くミリちゃんが僕にとって魅力的だからだ。ミリちゃんは僕の気持ちを全部無視して思っている事を感情的に叫んで表現する。ミリちゃんの感情はしっかりと根をはっているみたいに見えて、僕の宙に浮かんでぼんやりとしたそれとは全然違っていて、ぶつけられる側としては内容的に辛いけれど、とても色鮮やかだ。正直に言えば、僕はそれが眩しくて、それに憧れて、羨ましいとすら思ってしまう。 ミリちゃんは生きている。自分の思うままに衝動的に行動するミリちゃんは、本当に生きている。僕とは違って、ミリちゃんは色鮮やかに鮮烈に生きている。多分僕はそれが羨ましい。僕はミリちゃんを完全に僕だけのものにしたいのだと思う。ミリちゃんの感情は激しすぎて、同一化したいとは全く思えないし思いたくもないのだけれど(ミリちゃんには悪いのだけれど、それを想像するだけで心底ゾッとする)、それでも僕はミリちゃんを僕のものにしたい。ミリちゃんを誰にも渡したくない。僕はミリちゃんの事が好きなのだと思う。

本当はミリちゃんの名前はミリちゃんなんかじゃない。ミリちゃんという呼び名は、僕が先ほど便宜上適当に付けただけの名前だ。ミリちゃんに名前はない。仮にミリちゃんに名前があるならば、それは僕と同じ名前である筈だ。魂が繋がっているというのは、つまりそういう事だと思う。おんなじ魂から生まれて、おんなじ見た目をしていて、表裏一体ですらない、ただの一体である筈のミリちゃんと僕は、それでも一体ではない。理解し合えない他者同士に近い間柄だ。傍から見れば哀しいのかもしれないけれど、僕は正直に言えばそう思っていない。色々考えた結果、そうならざるを得なかったのだと思う。でも多分ミリちゃんはそもそもそれが気にくわないのだと思う。やっぱりどうも噛み合わないな。それでも僕はミリちゃんのサンドバックになり続けるだろう。どれだけ疲れたって、どれだけミリちゃんが僕の事を憎んでいたって、それでも僕はやっぱりミリちゃんの事が好きなのだ。

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ミリちゃんと僕は本来的に同一で同等である筈だから、どっちの方に存在論的な優先性があるのかとか存在論的に依存してるのはどっちだとか、それこそグラウンディングだとか、そういう事を考えても意味がない。ミリちゃんと僕はそういう関係性にないと理解しているつもりでも、それでもふとした時にそういう事を考えて、ミリちゃんの方がより基礎的なんじゃないかなと恐ろしい可能性を考えてしまう。ミリちゃんと僕を比較する時、正直な話ミリちゃんの方が地面に脚をつけて生きている感じがするからだ。そういう怖い話は考えても無駄なんだけど、やっぱり人間ってそういう事を考えるものだ。僕はミリちゃんに嫌われていて憎まれてすらいるという実感があるから、どうしても怖くなる。僕は僕がいないとまともな生活を営めないという一点に僕の存在意義を賭けているのだけれど、もしミリちゃん達のうちの一人がまともな生活を営めるようになった時、僕の存在意義は途端に崩壊する。僕という人格と、ミリちゃんや女の子の人格は異なるから、僕という人格はその時どこにいけばいいのだろう。そういう意味で僕はミリちゃん達と闘争をしている。例えどれだけミリちゃんの事が好きでも、僕の存在意義を奪われるわけにはいかない。そういう意味でも僕はミリちゃんの事を完全に受け入れる訳にはいかない。時空間的に同一の位置を占める人間の中でややこしい闘争が起こっている。本人としては全く面白くないし切実だけれど、他人からすれば面白くて理解できなくて下らないのだろうと思う。まさにファースだ。衝撃的な笑劇だ。三文小説的だ。狂気の沙汰だ。

とまあこういう風に卑下して悲観的に考えるのは楽といえば楽なのだけれど、そう思うフェーズは通り過ぎてしまった。僕は「普通」と比べる時、端的に言って狂っている。僕は狂気に苛まれている。狂気を孕んで生きている。これは事実だ。狂人が「恋人欲しい」とか思ってよいのかという根深い道義的困惑が個人的にあるのだが、まあそれは別問題だ。つまり他人達をこの狂気に巻き込むのはその他人達を不幸にするのではないのか、それならば一人で生きた方がよいのではないか、さいだいたすーのさいだいこーふくとは、という気持ちが取れないというだけであって、なんかどうでもいい問題というか、多分「いや、別にいいでしょ何言ってだコイツ」程度で済ませておいてよいトリヴィアルな問題だと思う。

閑話休題。僕は狂気を抱えたままミリちゃん達と共存していく方法を考えたい。この狂気が消えるという事は、すなわちミリちゃん達か僕かのどちらか一方が消えてしまうという事だからだ。ミリちゃんは僕と共存したいと考えていないのかもしれないけれど、僕は共存したい。ミリちゃん達にも存続していて欲しいし、僕も存続したい。この素朴な欲求を満たす方法は多分あると思う。あると思いたいという事に過ぎないのかもしれないけれど、あると信じている。

ミリちゃんが僕に絶望して怒っているのと同じだけ、僕は希望を持って他者を赦していく事を目指す。こういう事を言うとミリちゃんにはブチ切れられるだろうけど、それが僕の思う僕達の関係性だ。ミリちゃんが僕の事をどう思っているのか正確に分からない今、僕が出来るのは結局それだけだと思う。

なんだか今日は長く書きすぎてしまった。ミリちゃんとの事はまだ書けるけれど、終えないとキリがない。女の子の事については全然書いていないけれど、女の子と僕の関係はもっと根深くて恐ろしくて真っ黒いものだからとても書ける事ではない。ミリちゃんとの事はどこかで乾いているから書けるけれど、女の子と僕の歴史は血と膿の濃い匂いに塗れた暴力の歴史だ。ぐっしょりと濡れていて、触るだけで破けてしまう。僕が女の子との事について語る時、カウンセリングルームは途端に懺悔室と化す。僕は涙を流しながら懺悔する。でもその懺悔はいくらしても意味をなさない。女の子には届かない。赦される時はとうの昔に過ぎ去ってしまったのだ。僕と女の子の間には、本当の暴力があり、本当の闘争があり、本当の虐殺があった。僕は多分一生赦されない。ミリちゃんは僕を憎んでいるけれど、僕に心を閉ざしているわけではない。でも、女の子は完全に僕をシャットアウトしていて、本当に何も分からない。何を考えていて、何がその身体の内に詰まっているのか分からない。僕の中にいる女の子は世界中のどの他者よりも圧倒的な他者だ。女の子には名付けすら許されない。存在しているのだけれど、その存在を僕が掴み取る事を女の子は許さない。正直女の子と呼ぶことすら憚られる。ただここにいる。ずっといる。今もいる。体積を持つ影のように、僕の後ろに常にいる。

これだけ読むとなんだかすごく怖いなあ。

書きすぎてしまった、と書いてからまた色々書いてしまった。今までのブログ記事で多分一番長い気がする。おやすみ世界。ちゃー。