所詮夢だろう、と片付ける事が出来なかったから、今日は本当に何も出来なかった。勉強は明日に回す、たまっている事務仕事も明日に回す、全部を無責任に明日に回して、忙しない動悸を感じながらずっと布団の中にいた。さっき急用の確認メールだけ返したから、もういい。

「あんたには自分で選んだものは何も似合わない。あんたは幸せになれない」と笑いながら高らかに告げるあの人に「違う!そんなわけがない!」とめちゃくちゃに叫びながら近付いたけれど、そこは水の中だったから全然近付けずに届かずにそこで起きた。勝てない。夢の中ですら、私は呪いに勝てない。

所詮夢だ、と言い聞かせるのは簡単そうで、でも無理だった。それをするには、私は現実よりも現実めいた悪夢を見過ぎた。

悪夢を見ては起き、寝てはまた悪夢を見て起きる。家に侵入してきた見知らぬ人間に襲われる直前で起きる。寝ては何も見えない真っ暗な実家の中でただ独り彷徨っては起きる。寝ては嫌な雰囲気の広大なスーパーマーケットで迷い見知らぬ怖い人間に絡まれては起きる。寝てはまた最初に見た悪夢に出てきた見知らぬ人間に襲われる直前でまた起きる。吸っていた煙草の火で抵抗しようと思った。でも出来なかった。私はただ棒立ちで自分がこれから暴力により徹底的に損なわれるのだという事を無感動に認識するだけだった。

ほぼ毎日のように見る悪夢に気力が削られていく。何も残らない。諸々の薬も夢には勝てない。寝ては起き、寝ては起き、寝ては起きる。自分の荒い息遣いと煩い心臓の鼓動を聞きながら毎回寝ては起きる。私は幸せになってもいいんだとようやく思えたのに、すぐに私に追いついた呪いは今度は夢に侵食する。私は自分で選んだものを人生において身につけられる。私は幸せになれる。ぼんやりと形どられつつあった希望は雲散霧消していく。

悪夢の中で。所詮ただの夢によって。よりにもよって、あの人の手で。

私が自分で選んだものは、結局私には何にも似合っていない。

私は幸せになれない。

そんなわけない、違う、そんなわけがない、という叫びは届かなかった。それが所詮虚勢かもしれない時、じゃあ本当は?

哀しい。辛い。疲れた。もう嫌だ。全部が嫌で嫌でたまらない。全てが邪悪な暴力へと変容していく悪夢も、遠くなり果てた現実も、自分の存在の確信すら持てなくなった私も。全部手放せたらどんなに楽だろう。全部なかった事にして生きられたらどんなに楽だろう。いっそ全部に背を向けて諸手を挙げて敗北出来たら、どんなに楽なんだろう。

そんな事絶対にさせない、現実から目を逸らす事は絶対に許さない、絶対にお前はお前の力だけを以ってしてお前を救うのだ、と据わった目で毎回私に言い放つ自分がストイック過ぎて正直疲れた。

もうやだよ、助けてよ、と言いたい。でもそれを言っても誰が何をできる訳でもない。誰に助けを求めればいいのかも分からない。誰が手を握ってくれるのか分からない。少なくとも半径10メートルにいる周囲の人間にはきっと何も言えない。周囲にいる人間に受け入れられなかったら今度こそ決定的にダメになるから、それが怖い。誰かの責任を追及しても改善なんかしない。そもそも責任追及なんかしたくない。追及したところで過去を無かった事になんて出来ない。仮に追及しても過去から続く現在は何も良い方向へは転がらない。寧ろ悪い方向へと進む。分かり切っている。くだらない程に分かり切っている。ただ延々と泣きたい。でも泣けない。例え表層で誰かが泣けたとしても、ここにいる私は泣けない。ただ誰かが泣いているのをぼんやり見つめているだけで、その時私がするのは、もうちょっと泣いた方がいいだろうとか、そろそろ泣き止みなさいとか、そういう類の判断を下す事くらいで、私は決して泣けない。

じゃあ私はどうすればいいのよ。じゃあどうしたらいいのよ。私は何をしたらいいのよ。私は何をどうしたら自分を救えるのよ。こんなクソみたいな現実から悪夢から全部から救われるのよ。わかんないんだよ。削れて奪われてく日常をどうしようもなく指をくわえて見てるしかないんだよ。なにそれ。狂ってる。狂ってる。狂ってる狂ってる狂ってる。狂ってる。

あー、狂っている。薬を飲んだ。狂ってる。歪んでる。軋んでる。狂ってる。

ほんっと、笑える。